湿球温度と湿度

湿球温度の意味は非常にわかりにくい。 湿球温度は風速が3~5 m/s以上になるように作られた通風乾湿球温度計では断熱飽和温度とほぼ等しくなる。この断熱飽和温度についてみていく。

断熱飽和温度

断熱飽和温度は断熱された十分に長い水の入った流路(図1)の温度である[3]。 十分に長い水の入った流路の片側から空気を流す。流路の中で水は蒸発し、空気の湿度は下流側に流れるに従い高くなる。水が蒸発する際に蒸発熱を奪うため、空気と水の温度が下がる。流路は出口において空気に対して水がそれ以上蒸発できない相対湿度が100 %になるほどに十分長い。 蒸発した量と同じだけ水は供給されるとして、長い間空気を流し続ければ、水の温度と空気の出口の温度は同じ温度となり変化しなくなる。この出口空気温度と水の温度は、蒸発熱により入口の空気よりも低い温度となる。この温度が変化しなくなった定常状態での出口空気温度が断熱飽和温度であり、湿球温度にあたる。

図 1: 断熱飽和温度の仮定
\includegraphics[width=150mm]{figures/channel.pdf}

まとめると条件として次のような仮定がおかれている。

  1. 定常状態(時間変化しない)
  2. 出口での空気は飽和状態(湿度100 %)
  3. 出口の空気の温度と水の温度は等しい
  4. 水は蒸発した分だけ供給される

この条件から出口での断熱飽和温度(湿球温度)の関係を求めるために、空気側と水側のエネルギーの保存式をそれぞれ立てる。 空気側は入口と出口でのエネルギーの流出入を空気の質量流量$q_{Air}$ 1kg/s (単位:無次元) [kg/s] と空気の比エンタルピー$h_{Air}$ 1J/kg (単位:無次元) [J/kg] の積で、入口から出口までの空気から水への伝熱量を $\varPhi_{Sur}$ 1J/s (単位:無次元) [J/s] で、水面からの水蒸気の流入のエネルギーを蒸発する水蒸気の質量流量$q_{Evap}$ 1kg/s (単位:無次元) [kg/s] と水蒸気の比エンタルピー $h_{Vapor,WatTemp}$ 1J/kg (単位:無次元) [J/kg] の積で求め次式となる。

$\displaystyle 0 = q_{Air,In} h_{Air,In} - q_{Air,Out} h_{Air,Out} - \varPhi_{Sur} + q_{Evap} h_{Vapor,WatTemp}$ (11)

水側は空気との伝熱、空気側への水蒸気の流出、水の供給による流入のエネルギーで次式となる。

$\displaystyle 0 = \varPhi_{Sur} - q_{Evap} h_{Vapor,WatTemp} + q_{Water,Sup} h_{Water,WatTemp}$ (12)

上式において水と水蒸気のエンタルピー差 $h_{Vapor,WatTemp} - h_{Water,WatTemp}$は水の蒸発潜熱$h_{Evap}$であり、条件4から $q_{Evap} = q_{Water,Sup}$であるので水と空気の伝熱と水の蒸発潜熱が等しくなっている( $\varPhi_{Sur} = q_{Evap} h_{Evap}$)ことがわかる。 式(11)と式(12)を足し合わせると次式のように全体のエネルギーの保存式となる。このエネルギーの保存式を変形して出口での断熱飽和温度(湿球温度)と湿度との関係を求める。

$\displaystyle 0 =$ $\displaystyle q_{Air,In} h_{Air,In} - q_{Air,Out} h_{Air,Out} + q_{Water,Sup} h_{Water,WatTemp}$    
  空気の流入するエンタルピーは乾燥空気と水蒸気のエンタルピーの和と等しい $q_{Air} h_{Air} = q_{DryAir} h_{DryAir} + q_{Vapor} h_{Vapor}$     
  また、水蒸気の質量流量は乾燥空気の質量流量と絶対湿度の積 $q_{Vapor} = q_{DryAir} x$である     
$\displaystyle 0 =$ $\displaystyle (q_{DryAir,In} h_{DryAir,In} + q_{DryAir,In} h_{Vapor,In} x_{In})...
...,Out} + q_{DryAir,Out} h_{Vapor,Out} x_{Out}) + q_{Water,Sup} h_{Water,WatTemp}$    
  乾燥空気は途中で出入がないため質量流量は入口と出口で等しいのでともに $q_{DryAir}$で表す     
$\displaystyle 0 =$ $\displaystyle q_{DryAir} h_{DryAir,In} + q_{DryAir} h_{Vapor,In} x_{In} - q_{Dr...
...ryAir,Out} - q_{DryAir} h_{Vapor,Out} x_{Out} + q_{Water,Sup} h_{Water,WatTemp}$    
  水の供給流量は出入口の水蒸気の質量流量の差と等しい $q_{Water,Sup} = q_{Vapor,Out} - q_{Vapor,In} = q_{DryAir} (x_{Out} - x_{In})$     
$\displaystyle 0 =$ $\displaystyle q_{DryAir} h_{DryAir,In} + q_{DryAir} h_{Vapor} x_{In} - q_{DryAi...
...DryAir} h_{Vapor,Out} x_{Out} + q_{DryAir} (x_{Out} - x_{In}) h_{Water,WatTemp}$    
  $q_{DryAir}$で式全体を割る     
$\displaystyle 0 =$ $\displaystyle h_{DryAir,In} + h_{Vapor,In} x_{In} - h_{DryAir,Out} - h_{Vapor,Out} x_{Out} + (x_{Out} - x_{In}) h_{Water,WatTemp}$    
  水の温度$T_{Water}$は空気の出口温度$T_{Out}$と等しい(条件3)     
$\displaystyle 0 =$ $\displaystyle h_{DryAir,In} - h_{DryAir,Out} + (h_{Vapor,In} - h_{Water,Out}) x_{In} - (h_{Vapor,Out} - h_{Water,Out}) x_{Out}$    
  乾燥空気のエンタルピー差は乾燥空気の等圧比熱 $c_{p,DryAir}$かける温度差で表される     
$\displaystyle 0 =$ $\displaystyle c_{p,DryAir} (T_{In} - T_{Out}) + (h_{Vapor,In} - h_{Water,Out}) x_{In} - (h_{Vapor,Out} - h_{Water,Out}) x_{Out}$    
$\displaystyle x_{In} =$ $\displaystyle \frac{c_{p,DryAir} (T_{In} - T_{Out}) - (h_{Vapor,Out} - h_{Water,Out}) x_{Out}}{h_{Vapor,In} - h_{Water,Out}}$    
$\displaystyle \shortintertext{\footnotesize\hspace{30pt} 乾き空気の定圧比熱$c_{p,DryAir}...
...kJ/kg、水のエンタルピーは4.197×$T$/℃ kJ/kgで近似される(CoolProp\cite{Coolprop}のデータより)}
x_{In} =$ $\displaystyle \frac{1.006 {\rm\; kJ/(kg \; K)} (T_{In} - T_{Out}) - (1.845 {\rm...
...g} \times T_{In}/℃ + 2501 {\rm\; kJ/kg} - 4.197 {\rm\; kJ/kg} \times T_{Out}/℃}$    
$\displaystyle x_{In} =$ $\displaystyle \frac{1.006 {\rm\; kJ/(kg \; K)} (T_{In} - T_{Out}) - (2501 {\rm\...
...g} \times T_{In}/℃ + 2501 {\rm\; kJ/kg} - 4.197 {\rm\; kJ/kg} \times T_{Out}/℃}$ (13)

出口では条件より相対湿度は100 %であるので $x_{Out}=x_{Sat}$として式(5)より次式(14)が得られる。

$\displaystyle x_{Sat} = 0.622 \frac{P_{Vapor(Sat)}(T_{Out})}{101325 \; {\rm Pa} - P_{Vapor(Sat)}(T_{Out})}$ (14)

式(13)において出口温度$T_{Out}$が湿球温度$T_{Wet}$、入口温度$T_{In}$が気温(乾球温度)$T_{Dry}$であり、$x_{In}$が求めたい絶対湿度$x$である。(14)を代入して次式が得られる。

$\displaystyle x =$ $\displaystyle \frac{1.006 {\rm\; kJ/(kg \; K)} (T_{Dry} - T_{Wet}) - (2501 {\rm...
...} \times T_{Dry}/℃ + 2501 {\rm\; kJ/kg} - 4.197 {\rm\; kJ/kg} \times T_{Wet}/℃}$ (15)

飽和空気の水蒸気分圧 $P_{Vapor(Sat)}(T_{Wet})$は式(10)で示したように次式のように$T_{Wet}$の関数として表すことができる。次式を上式(15)の $P_{Vapor(Sat)}(T_{Wet})$へ代入すれば、$x$$T_{Dry}$$T_{Wet}$のみから求めることができる(ここでは長くなりすぎるので代入はしない)。

$\displaystyle P_{Vapor(Sat)}(T_{Wet}) =$ $\displaystyle \{1.004 + ( 0.0008 T_{Wet} / {\rm ℃} - 0.004 )^2\} \{ \exp (-0.58002206 \times 10^4 ( T_{Wet} / {\rm ℃} + 273.15 ) ^{-1}$    
  $\displaystyle + 0.13914993 \times 10 - 0.48640239 \times 10^{-1} ( T_{Wet} / {\rm ℃} + 273.15 )$    
  $\displaystyle + 0.41764768 \times 10^{-4} ( T_{Wet} / {\rm ℃} + 273.15 ) ^2 - 0.14452093 \times 10^{-7} ( T_{Wet} / {\rm ℃} + 273.15 )^3$    
  $\displaystyle + 0.65459673 \times 10 \log_e ( T_{Wet} / {\rm ℃} + 273.15 ) )\}$    

この湿球温度である断熱飽和温度は通風冷却塔において得られる水の最低温度としても計算に使われる。これは上で説明した水路のモデルで空気側ではなく水側に注目し、最も冷やされる空気が飽和状態(相対湿度100 %)となるまで冷えた場合と捉えている。

湿り空気線図

乾球温度と湿球温度から湿度を求める際に、毎回これまで出した式を用いて計算することは煩わしいため、湿り空気線図がよく用いられる。 横軸は空気の温度(乾球温度)、縦軸は絶対湿度とする。相対湿度と湿球温度の線を引きたい。必要な式は、各相対湿度における乾球温度と絶対湿度の関係、各湿球温度における乾球温度と絶対湿度の関係である。

参考文献

1
手塚 俊一, 藤田 稔彦, 湿り空気線図とその応用-2-実在気体としての湿り空気-1-(講座), 空気調和・衛生工学 58(1), p87-96, 1984-01
2
社団法人 日本冷凍空調学会, 冷凍空調便覧 第I巻 基礎編 第6版, 社団法人 日本冷凍空調学会, 2010.
3
Yunus A. Cengel, Michael A. Boles, Thermodynamics: an engineering approach, 7th ed., McGraw-Hill, 2011.
4
CoolProp, http://www.coolprop.org/.

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